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昭和20年8月6日午前8時15分、人類が初めて原子爆弾の洗礼を浴びた街、広島。公園は爆心地に設けられました。原爆死没者慰霊碑には平和を祈念する灯が今も燃え続け、公園内に広島平和記念資料館、広島国際会議場、原爆の子の像が、川向こうに原爆ドームと動員学徒の慰霊碑があり、花や千羽鶴を手向ける人が今も絶えません。 |
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○9:00〜18:00(12〜4月は17:00まで、8/1〜8/16は19:00まで)、休館:12/29〜1/2。入館料:大人50円(30人以上の団体40円)、小人30円(20人以上の団体無料)、無料開放日(小人のみ) :4月の科学技術週間中の日曜日、5月5日の「こどもの日」、8月6日から8月9日までの4日間、毎月第2・第4土曜日(ただし、祝日、春・夏・冬休み期間中は除く) |
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○広島平和記念資料館(082)241-4004 |
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○JR広島駅から広島バス吉島方面行きで「平和記念公園」下車、徒歩2分もしくは路面電車己斐・江波・宮島行き「原爆ドーム前」下車、原爆ドーム対岸は平和公園(資料館までは散策しながら行ってください)駐車場:なし(周辺の駐車場をご利用ください。)・身体障害者用/2台(無料)・観光バス/平和記念公園南側46台(無料)平和記念公園西側川岸10台(無料) |
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西館展示資料の解説テープの貸出し |
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1915年(大正4年)に広島県物産陳列館として完成しました。設計は、チェコ人の建築家ヤン・レツル氏によるもので、楕円形のドーム、壁面のうねりなどに見られる大胆なヨーロッパ風の建物は当時の広島名所の一つとなり、シンボルともなりました。その後、1921年(大正10年)に商品陳列所、1933年(昭和8年)からは産業奨励館と改称しました。1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、この建物から南東約160メートルの高度約580メートルで原爆は炸裂し、原爆の投下によって建物内にいた人はすべて即死しました。また建物は一瞬にして大破し、天井から火を吹いて全焼しました。爆風がほとんど真上から到達したため、建物の壁の一部は倒壊を免れ、ドームの鉄枠とともに象徴的な姿をさらしました。1953年(昭和28年)には、県から広島市に管理が移管され、この廃墟は、いつの頃か原爆ドームと呼ばれるようになりました。
国の内外や市民の保存要請を受け、全国募金により、1967(昭和42年)に1回目の保存工事が行なわれ、保存措置がはかられました。1989年(平成元年)には第2回の保存工事が同じく全国募金により実施されました。
原爆によって、一瞬にして広範な市街地とともに廃墟と化した広島県産業奨励館の残骸は、原爆の惨禍を伝承していく象徴としての役割を課せられました。 |
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○料金等は無し |
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○広島市都市計画局緑政課(082)504-2396 |
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平和公園は対岸に、広島市民球場は通りを挟んだ向かい側にあります。 |
○JR広島駅前から路面電車江波・己斐・宮島行き「原爆ドーム前」もしくは路面電車紙屋町経由宇品行き「紙屋町」下車西に向かって10分左側 |
平成11年3月作成